土曜日は、娘の習い事があるんで、たまに送り迎えをしたりするのですが、
その待ち時間、天気がよければ、屋外での読書タイムとなります。
9日は天気もよく、やや暑かったものの、風も心地よく読書には最適でした。
特に、習い事であるバレエスタジオの隣に、長唄教室があってそこの三味の音と、風にそよぐ葉っぱの音がいいノイズになって、より、読書が進んだような気がします。
そう、読書に合う雑音ってあるんですよね。小さな発見です。
2009年5月10日日曜日
2009年5月9日土曜日
日経文庫
日経文庫は何冊か読んでいます。経済学の基本から、ビジネス情報まで網羅していて野心的だとは思うんですが、できれば、日経から単行本として出版されたものは、この文庫にすべて納めてもらいたい、と思うんですよね。
先日、暇に任せて、本屋に行った際、クルーグマン教授の経済学のちくま文庫版が出ていました。
もとは、単行本として、メディアワークスから出ていましたが、一時、日経文庫からも出ていたはず、なぜ、ちくまなのか?
と思って、ちくま版を読んでみましたが、日経版が絶版になったとのこと。
その後のクルーグマン氏のノーベル賞受賞とか、ブッシュ批判、経済危機など、クルーグマン氏が表舞台に立つ場面は多いので、それでも絶版だったのか、と驚きました、正直。
出版社の事情はわかりませんので、感想のみになりますが、こうした経済本というのは、流行廃りはあるものの、過去の分析、過去の経緯などを辿れるということからも、できる限り手に取りやすい形で出してほしいと思うのです。多少古くても、経済史、経済学史的にさかのぼることもできるでしょうし、そういう意味が、文庫化にはあると思うのです。
だから、ねえ、もったいないと思うんだよね。まあ、買う人が少なければ仕方ないんだけれども、でもねえ、ブックオフで手に取るともできるんだから、内容のある書物はなんとか、長生きできる方法を探してほしいと思います。
したがって、こういう並べ方もできるのですね。なんだか、すばらしく、いやみっぽいですね。
2009年3月22日日曜日
名著誕生 資本論
読みましたよ、ええ。
世の中には読むことを避けられない本があって、経済学における資本論もその中の一つです。
でも自分は読んでません。○経の講義はありましたが、その際は、ソ連が崩壊した翌年です。
いきおい、資本論のことを軽々しく考えていました。
で、導入としてこの本を手に取ったわけです。いまからでも、経済の勉強をするのですよ。
読んでみて思ったのは、価値の考え方だと思います。
労働価値説については、アダムスミスさんも言っていましたし、その考えに、マルクスさんも賛同するわけですね。翻って現代、労働価値説は軽んじられている、というか限界価値説が有用に扱われている気がします。それでは、労働価値説はあてはまらないのか。そんなことはないのでしょう。では労働価値説を一体どう考えれば良いのか。
間違いなく、この点が考え方の違いの原点なんだと思います。
物品、サービスの価値とは何か、この問題には惹かれるものもありますが、根本的な問題だからこそ難しい。素人が触るところではないのかもしれません。
でも、考えることならば大丈夫だよね。
紀伊国屋書店 scripta
近所の紀伊国屋さんから、scriptaという、Free Magazinを入手。
Freeといって侮る無かれ、著名な作家さんが名を連ねているし、内容も硬軟様々で面白いと思います。なにせFreeなんですから、いらなければもって来なければいい。そういうスタンスで良いんです。
で、今回もらってきた中に、意味深な、記事がありました。
数年前に起きた、有名企業の女性社員の殺人を基にした現代社会論、ジェンダー論、男女論、とでも言うべきものです。
こういう文書を読むと、現代の問題点を浮き彫りにする手法に感心するとともに、考えさせられる面も多いのです。何を考えるって、この題材の扱い方なんです。
この事件は有名企業で収入も高かった被害者が、なぜ、実を売るような行為をしたのか、などなど、様々な形で報道され、この件も扱った本も小説も出たという有名なものでした。
確かにこの件を元に、我々が生きる現代社会を考えるとなると、受験、就職、男女雇用機会均等法など、いろんな切り口があるんです。ただし、いろんな切り口で考えたところで、それで、本当に被害者の真実を伝えているのかというと、そうではないかもしれないと思うのです。
なにせ、彼女はなくなっているのです。彼女の口から意見、考えていたことを聴くことはできません。
こういやって文章になるたびに、彼女は体を売り続けるのです。こういう感じになってすごくいやな気分になるんですね。
もちろん、この件を題材にする作家の方々は綿密な取材や思考の結果、発表していると思いますので、軽々しい点はないのだろうと思います。でも、そうやってできた著作はあくまでもその作者の発言の場であって、彼女の発言ではない、のでしょう。
今回のscriptaの記事の中にも、「彼女は体を売ることで、相手である男性に値段をつけていたのだ」という箇所がありました。この発言は、現代の男女の関係を鋭く抉り出す発言であると同時に、では、本当に彼女はそういうことを考えて行動していたのか、という不安、疑問が付きまとうんです。
作家さんが、こういう疑問を考えているのか、どういう風に処理しているのか、見当もつきませんが、特定の事件から、社会一般的な見解を導き出す際には、慎重にならざるを得ないでしょう。
私たちは、一体何のために、誰のために、現代社会を考える必要があるのでしょうか。
2009年3月20日金曜日
自分の夢を思い出す。
この年になってくると、昔考えていたことなんか、忘れてしまうことが多いのだが、
ひょんなことから、思い出すこともある。
「まっとうな経済学」という本があって、何度か読み返しているんですが、
経済学の基本的な考え方を、イメージしやすい例をあげて説明しているんです。
著者は、アメリカのエコノミスト。
この考え方を伝えるということが難しいんですね。
特に、日本の経済本、最近では簡単な本も増えているとはいえ、外国の経済学者のような、
しゃれたというか、非常にこなれた形で著作を表すというものが無いような気がする。
経済学の考え方は、やはり欧米流、アングロサクソンの考え方が強いので、
日本語で説明しづらい、という点はあるでしょう。(そのため、経済用語は、外国語を訳した、漢語が多い。)
こうした考え方を物語、エッセイなどの形で表すというのは非常に難しいんですよね。
そう、ここで思い出した。自分の夢ですよ。
私は経済学部に入った頃、こういう著作をかけるような、経済学者(または、経済に携わる人間)になるということを夢にしていたのですよ。
ええ、この夢は、私の怠惰のおかげで、かなえることはできませんでした。
だからなのかなあ、こういう本には興味が強いんですよね。
この本といい、Tシャツを追い掛け回す本といい、本当に読むべき経済本が海外の著作が中心というのは、なんか面白くないなあ。
2009年3月10日火曜日
メタルゴッドたちのお言葉。
前にも書きましたが、"Time Flies When You're in a Coma" という本が面白いです。
まだ日本のamazonでも、レビューはされていないようですが、たまたま、ララポートの本屋でこの本に出合えたことはラッキーなのかもしれません。
内容は80年代に活躍したメタルバンド(俗称、ヘアメタルが主流)の詞の一部を写真とともに紹介し、メタルゴッドたちが如何に精神性にあふれたありがたいお言葉を残しているかをありがたがる、というものです。
だいたい一神教の合衆国で、メタルゴッドと名乗る本が出ること自体、社会を舐めたところがある行為かもしれませんが、装丁もしっかりしていますし、コンセプトも面白いので、興味のある方は、探してみてください。ちなみに、書店売りより、amazonのほうが安いみたいです。
また、神々の言葉にはさまれ、悟りを促す方法も書かれています。
ためしに、Zen Questionsを訳してみるとこんな感じです。
禅問答とは、己の真の姿を発見する道なり。禅問答は、本質的にディレンマであるため、従来通りのお決まりの考え方では答えられないのである。ゆえに、回答の妥当性というものは、問題と同様に、あなた自身がどう考え抜くかに拠っているのであるが、回答は時に自分が正しい答えを発見したと思った場合に、確信されるものなのである。
禅問答は、一日に6回自問自答され、それぞれ6分間考え抜き、これを一週間に6日おこなうべし。これを「666の掟」と云う也。
まず、気持ちの落ち着く、静かな場所で、声を出して、汝のメタル禅問答を繰り返すべし。言葉が汝の口より、雨露のごとく染み出すよう唱え、その後に訪れる静寂を味わうべし。心を使って考えるべし。頭で考えるのではない。直感を信ずるのだ。さすれば「答え」となるべきものが、徐々に現れてくることに気づき始めるだろう。そうしてであったものに、汝は驚き、腰を抜かし、場合によっては、吐き気を催すほどむかつくかもしれん。しかし、心配すること無かれ。それは暗黒より出でし、汝の真の姿なのだ。
汝の心を混乱させ、汝自身の本質に共鳴する回答に行き当たったとき-そう、ただそのときにのみこそ、汝は新たな自信と悟りの境地を抱きながら、また新たなメタル禅問答に進んでいくがよい。
なかなかいい感じでしょ?こういう本が出てくるところ、アメリカ文化のの懐は深いのですよ。
2009年2月15日日曜日
知識人とは何か
これもいまさらながらですが読みました。
でも私は「オリエンタリズム」すらまだ読んでいないので、サイード初心者なのです。
知識人へ対する辛らつな内容となっていますが、ここまで規範的な定義を読まされると、
そんな人物はこの世に存在しえるのか、という疑問が出てきます。
でも、この定義、
「知識人とは、亡命者にして周辺的存在であり、またアマチュアであり、さらには
権力者として真実を語ろうとする言葉の使い手である」には、パレスチナ出身で、アメリカで修練をした著者であるからこそ語れる、語らねばならない定義なのだと思います。
ここで興味深いのは、知識人は世俗であることと述べていることです。
ハイルブローナーという人は経済学を世俗の哲学と呼んでいますが、ここで言われている世俗という意味と、ほぼ合致するのではないかと思います。
経済学も、政府や議会が考える政策に対し、対立した見解を述べる場合が多いですね。こうした、権力に抗い、言論をもって信実を語るという点では、経済学の世俗性と、サイードの言う、知識人のあるべきすがたの世俗性というのが重なる部分が多い、という風に感じております。
この本の内容を咀嚼するためには、もっと読まねばなりませんね。
現代思想のベースになっているということでは、疑問の余地はないでしょう。
アイデアの作り方
ジェームズ・W・ヤングの著作である、「アイデアの作り方」。
非常に有名な本で、広告等の企画系の方であれば、まず目を通しているでしょう。
いまさらながら再読。
アイデアの作り方の肝は非常に簡単で、要はインプットを醸成させる、ということです。
本自体も非常に薄いものなので、論旨も明快、といったところですが、
個人的にはこの結論以外にも気になるところがありました。
それは、情報のインプットについての記述ですが、本書の最後の方で
「辞書が短編小説集」であると書かれています。
辞書を読む、という表現がありますが、このヤングの記述もそれに似ているでしょうね。
リファレンスのみならず、辞書からその言葉、減少の内奥をつかめ、ということなのでしょうか。非常に含蓄のある言葉だと思います。
確かに、辞書を小説と同様に読みこなすことができれば、アイデアは限りなく出てくるものなのかもしれません。
本書は、他にも広告に携わる者は、社会科学の勉強、
「有閑階級の理論」や「孤独な群衆」を読んだ方がいい、とも言っています。これも社会全体を理解するように努めることへの忠告だと思います。
薄さと結論によって、本書は非常に簡潔な論文と読まれている場合が多いのかもしれませんが、こうした行間に、鋭い含蓄があるのです。この点が読めないと魅力が半減する書物かもしれません。
2009年2月11日水曜日
日本語の21世紀のために
また読んでみましたよ。
気骨あふれる爺、二人による対談集であるが、中身が濃くって面白い。
特に、伝達の手段としての日本語のみを重視したために
標準語を作ったのはよいが、思考の手段としての日本語としての役割をおざなりにした、
という指摘は、示唆に富んでいて面白い。
日本語を思考のツールとして利用していく限り、必ず言語の壁、ここでは標準語の壁にぶつかるんですね。
また、書き言葉が早いうちに日本中に広まっていた、という点は、網野さんの日本史の本でも
指摘されていたことです。
書き言葉が広く普及し、それを理解する人が全国にいたからこそ、中央集権的な国家が日本に成立したという点ですね。
ここで、みんなが理解できる、伝達としての機能は申し分ないものとみることができるでしょう。
日本語を使っている限りは、何度もこの本を読み直して、自分が使っている言語が一体どういうものか、時間はかかろうとも、考えるべきだと思う。自分の使っているものが、実はどういう性質のものか知らないようでは、それを使って書いている、Life Hack、成功本など、いくらあっても意味がなくなってしまうかもしれません。
2009年1月18日日曜日
今年初の書き込み
ここまで何も書かずに来ましたが、まあ、別に問題ないし。
このところの不況ですが、経済の落ち込みどころか、もっと大きな影響があるような気がする。
それは、今までの成功本、自己鍛錬本の内容が、実はあまり効果が無いのではないのか、ということです。
金融の世界であるとか経済の世界のトップが、挙って躓いている状況をみると、エリートで、かつ合理的な行動を行っていた人々(少なくともそう思われている)も、たいしたこと無いのではないか、という疑問が出てくるのも当然かもしれません。
成功本をいろいろと読んでみた経験はありますが、その多くの論点は、ポジティブシンキングと目標を掲げること、の二点にあると思います。ただ単純に目標を持てば良いのか、それで世の中が開けるのか、こういう単純明快さが、これらの書籍の売りであると思いますが、その反面、単純であるからこその疑念もより現出しやすいと思うのです。
本の世界では、これからもこうしたジャンルはたくさん出版されるでしょう。でも単純なものよりかは、より奥深い、即効よりも、熟読が必要なものが出てくるかもしれません。
単純な内容の成功本の罪は、その単純な内容ゆえ、読者が考えなくなる、という点にあると思っています。われわれは成功者から学び取る必要はありますが、常に疑うという姿勢も必要だと思います。今回の経験は、即効を信じた故の失敗といえるかもしれません。かなり面倒くさい話ですが、われわれは常に迷い、常に疑うという姿勢が必要なのかもしれません。このとき、成功本は万人に共通する内容ではなくなります。だからこそ、成功者といわれる人の推薦を帯にして、買い手にその効果を信じ込ませる必要が出てくるのです。
2008年11月15日土曜日
「反米経済」
PHP社刊。図書館で借りて読んでいる。まだ完了していないが感想を。
今回の金融危機で、アメリカ型経済は終焉を迎え、BRICs始め、現在発展途上国と呼ばれる国々が新しい、有力な経済の担い手として登場してくるだろう。凋落するアメリカではなくって、これらの国と仲良くすると良いよ、という内容、これまでのところ。
サブプライム問題から、今回の金融危機までの分析は精緻でありながら非常に分かりやすい。
でも、結論までの物語の書き方は強引なように思える。
今回の経済危機で、アメリカの経済的な役割が、急激に落ちるとは思えない。また新興国についても、真に国際経済に影響力を与えられるようになるには、経済の伸びではなく、制度や政治的不安定性を払拭する必要があるだろう。この点を多少過小評価しているように思われる。
著者はBRICs研究所の人らしいので、やはりこれら新興国の動向を中心に描きたいという思いがあるのだろうが、本当にこれらの国がチカラをもつまでに、欧米が再度復興する可能性も高いだろう。その場合、本書にあるような経済ブロック同士の覇権争いではなく、今回の騒動を鑑みた、国際的な協力体制を築き上げる方向に動くような気がする。
先進国がそのチカラに溺れ、その地位を新興国に取って代わられるというのは、刺激的なプロットであるが、経済上の競争を覇権争いの観点からのみ描き出すのは不十分だろう。今後の国際経済、特に金融体制は各国が協力をするという体制の上に築き上げられるものだと考えたい。
2008年6月8日日曜日
赤塚論
いつぞやか、朝日新聞に載った、丸谷才一さんの赤塚不二夫氏に関してのエッセイが忘れられない。
本では「袖のボタン」に入っています。
単なる赤塚氏に対しての愛情、現代への風刺をまとめたものではない。
丸谷さんのもっている知識をすべて掘り下げて書いたような、恐ろしいと思えるぐらいの深みがある文章なんです。読むたびにその深みが一つ一つ明らかになり、そのたびに新たな発見がある文章なんですね。
いったい、この人の頭の中身はどうなっているんだろう。確かにものすごい読書家で、恐ろしいぐらいの小説家、文筆家なのですが、それだけで言い尽くせない、怖くなるぐらいの知識を持っている。日本語論も市井の下世話な話も、すべてさらりとした、水が流れるような文章ですませてしまう。だけれども、その内容は、どんな濃厚なスープも比べものにならないほどの滋養にあふれている。滋養どころか、一滴口に含んだぐらいでも、鼻血が飛び出しそうなぐらいの勢力が詰まっている、そんな文章だ。
氏のエッセイには必ず、引用先書物が紹介されている。これをすべて読んだとしても氏にはかなわないだろう。だけれどもこの赤塚不二夫論はこれからも愛読していきたい。
こういった文章を書きたい。本当になりたい。
2008年5月28日水曜日
自分の小さな箱から脱出する方法 読了
昨日のは余興です。あしからず。
「自分の小さな箱から脱出する方法」を読みました。
ストーリー仕立てで、読みやすい。面白かったし、ためにはなりそうだ。
自分の態度を変えれば、相手は変わる、それで世界は変わる。
これは別に真新しい発言ではないのだ。その昔、「ひょうきん予備校」という番組があって、
そこに講師役として出演した、ハナ肇氏も同様のことをおっしゃっていたことを覚えている。
今流行のシークレットも、マーフィーさんの本も、結局はこのことを述べているのだという気になる。
結局は「自分しだい」ということなのでしょう。
でも、この本、におうんだよなあ。何なんだろうキョーレツな臭い。電車の中で読んでて、うたたねしても、臭いで目が覚めた。おすすめ。