日経文庫は何冊か読んでいます。経済学の基本から、ビジネス情報まで網羅していて野心的だとは思うんですが、できれば、日経から単行本として出版されたものは、この文庫にすべて納めてもらいたい、と思うんですよね。
先日、暇に任せて、本屋に行った際、クルーグマン教授の経済学のちくま文庫版が出ていました。
もとは、単行本として、メディアワークスから出ていましたが、一時、日経文庫からも出ていたはず、なぜ、ちくまなのか?
と思って、ちくま版を読んでみましたが、日経版が絶版になったとのこと。
その後のクルーグマン氏のノーベル賞受賞とか、ブッシュ批判、経済危機など、クルーグマン氏が表舞台に立つ場面は多いので、それでも絶版だったのか、と驚きました、正直。
出版社の事情はわかりませんので、感想のみになりますが、こうした経済本というのは、流行廃りはあるものの、過去の分析、過去の経緯などを辿れるということからも、できる限り手に取りやすい形で出してほしいと思うのです。多少古くても、経済史、経済学史的にさかのぼることもできるでしょうし、そういう意味が、文庫化にはあると思うのです。
だから、ねえ、もったいないと思うんだよね。まあ、買う人が少なければ仕方ないんだけれども、でもねえ、ブックオフで手に取るともできるんだから、内容のある書物はなんとか、長生きできる方法を探してほしいと思います。
したがって、こういう並べ方もできるのですね。なんだか、すばらしく、いやみっぽいですね。
2009年5月9日土曜日
日経文庫
2009年3月25日水曜日
2009年3月22日日曜日
名著誕生 資本論
読みましたよ、ええ。
世の中には読むことを避けられない本があって、経済学における資本論もその中の一つです。
でも自分は読んでません。○経の講義はありましたが、その際は、ソ連が崩壊した翌年です。
いきおい、資本論のことを軽々しく考えていました。
で、導入としてこの本を手に取ったわけです。いまからでも、経済の勉強をするのですよ。
読んでみて思ったのは、価値の考え方だと思います。
労働価値説については、アダムスミスさんも言っていましたし、その考えに、マルクスさんも賛同するわけですね。翻って現代、労働価値説は軽んじられている、というか限界価値説が有用に扱われている気がします。それでは、労働価値説はあてはまらないのか。そんなことはないのでしょう。では労働価値説を一体どう考えれば良いのか。
間違いなく、この点が考え方の違いの原点なんだと思います。
物品、サービスの価値とは何か、この問題には惹かれるものもありますが、根本的な問題だからこそ難しい。素人が触るところではないのかもしれません。
でも、考えることならば大丈夫だよね。
2009年2月15日日曜日
知識人とは何か
これもいまさらながらですが読みました。
でも私は「オリエンタリズム」すらまだ読んでいないので、サイード初心者なのです。
知識人へ対する辛らつな内容となっていますが、ここまで規範的な定義を読まされると、
そんな人物はこの世に存在しえるのか、という疑問が出てきます。
でも、この定義、
「知識人とは、亡命者にして周辺的存在であり、またアマチュアであり、さらには
権力者として真実を語ろうとする言葉の使い手である」には、パレスチナ出身で、アメリカで修練をした著者であるからこそ語れる、語らねばならない定義なのだと思います。
ここで興味深いのは、知識人は世俗であることと述べていることです。
ハイルブローナーという人は経済学を世俗の哲学と呼んでいますが、ここで言われている世俗という意味と、ほぼ合致するのではないかと思います。
経済学も、政府や議会が考える政策に対し、対立した見解を述べる場合が多いですね。こうした、権力に抗い、言論をもって信実を語るという点では、経済学の世俗性と、サイードの言う、知識人のあるべきすがたの世俗性というのが重なる部分が多い、という風に感じております。
この本の内容を咀嚼するためには、もっと読まねばなりませんね。
現代思想のベースになっているということでは、疑問の余地はないでしょう。
2009年2月8日日曜日
経済学に感じるもの
経済学部出身ということもあって、今もそういった類の本をよく読むんだけれども、
閉塞感というか、視野が広がらない、という感覚を覚える時がある。
経済のことを考えるに、経済学のみを手段として臨んでいるところに問題があるように感じるのです。
ハイルブローナー氏の著作によれば、経済学は、「世俗の哲学」ということになります。
経済、または経済の見地から社会を捉えるということに対して、経済学ばかりでなく、他の分野の考え、思想も含めて考えるというのは、非常に有効なのではないかと、思うのです。
行動経済学など、心理学など人間の行動を視野に入れた研究がなされていますが、経済活動や運営、政策は、もっと、その時代の考え方の趨勢に影響を受けている場合があると思うのです。思想といってもいいのかな、なんかその時代を彩る考え方とかそういうものなんですが、うまく言えない。
田中角栄氏の経済政策についての是非について、「あれは趣味が悪い」という丸谷才一さんの意見を読むと、経済学者には到底思いつかないような発想だなあ、と感じ入るのですね。これは経済学者からは絶対に出ない意見だと思うんです。でも、的を射た意見ですよね。
こうした思想的、文学的な発想がやはり足り無し気がします。世俗の哲学というからには、ユーモアを含んだ批評が実は、大切なのかもしれないですよ。
2008年12月18日木曜日
2008年11月18日火曜日
前回の続き
やっぱり最後まで読むべきだった。
最終章は、日本のこれから進むべき道を提言する章であり、本書の要。
かなり説得力高く現状と、将来を語っている。
米国以外の経済体制とも太いパイプを築いていこうという内容。素直にうなずける。
ここまで読むと、前章の各国の紹介は、すべてこの章に続くのだなと
わかるのだが、資源ナショナリズムなど、各国の状況の説明が少し不足だと感じる。
商品先物や、多国籍企業など、資源ナショナリズムを崩した制度はいまだ存在する。
それらと資源ナショナリズムは、共存できるのだろうか。
また、経済体制が複数作られるのは結構だが、主導権争いになると、協力体制を築き上げつつある現状が台無しになってしまう恐れもある。反米だけではなく、域内外の経済体制を尊重しながら、各活動を行っていく必要があると思うのだ。
2008年11月15日土曜日
「反米経済」
PHP社刊。図書館で借りて読んでいる。まだ完了していないが感想を。
今回の金融危機で、アメリカ型経済は終焉を迎え、BRICs始め、現在発展途上国と呼ばれる国々が新しい、有力な経済の担い手として登場してくるだろう。凋落するアメリカではなくって、これらの国と仲良くすると良いよ、という内容、これまでのところ。
サブプライム問題から、今回の金融危機までの分析は精緻でありながら非常に分かりやすい。
でも、結論までの物語の書き方は強引なように思える。
今回の経済危機で、アメリカの経済的な役割が、急激に落ちるとは思えない。また新興国についても、真に国際経済に影響力を与えられるようになるには、経済の伸びではなく、制度や政治的不安定性を払拭する必要があるだろう。この点を多少過小評価しているように思われる。
著者はBRICs研究所の人らしいので、やはりこれら新興国の動向を中心に描きたいという思いがあるのだろうが、本当にこれらの国がチカラをもつまでに、欧米が再度復興する可能性も高いだろう。その場合、本書にあるような経済ブロック同士の覇権争いではなく、今回の騒動を鑑みた、国際的な協力体制を築き上げる方向に動くような気がする。
先進国がそのチカラに溺れ、その地位を新興国に取って代わられるというのは、刺激的なプロットであるが、経済上の競争を覇権争いの観点からのみ描き出すのは不十分だろう。今後の国際経済、特に金融体制は各国が協力をするという体制の上に築き上げられるものだと考えたい。
2008年11月13日木曜日
ねんきん の続き
シニア層から、職業のない20代、30代への所得移転策というか、
なんとかシニア層の消費というか、簡単に言えば彼らの負担によって、これら苦労している世代への支援にまわせるお金をまかなえないものか。
シニア層も運用していたいお金が、今回の騒動で大変な思いをしているだろうけれども、結局はシニア層のこれからの年金の源も、今、働いている人の負担によるのであれば、若年層の室牛尾問題を早く解決すべきだろう。
世代でお金を循環させる策が必要である。この方策はシニア層の負担を強いるものであるから、彼らは反発するに違いない。しかし、社会に必要な策を、自らの権限において実行するのが、政策のはずである。最近は選挙対策と思える政策が多いような気もするが、本当に必要な策は何なのか、じっくり考えてほしいと思う。
2008年11月10日月曜日
ねんきん
年金特別便に誤りがあった私が来ましたよ。
年金制度は結局は若い人の負担で、ご老人たちの面倒をみようじゃないか、
という制度でしょう。
この考えでよければ、年金を負担する人たちが少ない、20代、30代がこのままとなると、
とてもじゃないが負担できなくなるというのが、必然。
まあ、ご老体になってもお金が必要だから、一概には言えないけれども、
将来のことを考えるのであれば、これから経済を支える世代に、十分な雇用が無ければならない理由もよくわかる。
企業も、金のあるシニアを標的にマーケティングをするのはわかるが、
彼らの財布を空にする方策だけを考えるべきではないだろう。
誰でもお金はほしいもの。でも経済だけは、よかれ悪しかれ、永続的に続くものだ。
次の世代にも十分な雇用、社会保障が準備できなければ、社会の富(いわゆるパイ)は
縮小するばかりだ。
2008年11月3日月曜日
規制とは
市場原理主義という言葉があるが、何かしっくりこない。
現代は市場原理主義、何でも市場に任せる、という論点が多いように思えるが、
具体的にどういう状況をさしているのか、わからない。
市場原理主義といえるほど、われわれは自由に者を考え、行動しているのか、
チャリンコの3人乗りでさえ、規制されるような動きもあるなど、
日常の行動までをも規制されている世の中ではないのか。
市場は万全ではない。必ず分配面でゆがみが出る。
だからといって、当局の動きで調整可能であるとは考えないほうが良いだろう。
規制でどういう影響が出るのか、それをすべて検討の上、対処をしなければならない。
全知全能でない限り、規制ですべてを調整するようなことなど、できないと思うのだ。