2009年3月10日火曜日

メタルゴッドたちのお言葉。

前にも書きましたが、"Time Flies When You're in a Coma" という本が面白いです。

まだ日本のamazonでも、レビューはされていないようですが、たまたま、ララポートの本屋でこの本に出合えたことはラッキーなのかもしれません。

内容は80年代に活躍したメタルバンド(俗称、ヘアメタルが主流)の詞の一部を写真とともに紹介し、メタルゴッドたちが如何に精神性にあふれたありがたいお言葉を残しているかをありがたがる、というものです。

だいたい一神教の合衆国で、メタルゴッドと名乗る本が出ること自体、社会を舐めたところがある行為かもしれませんが、装丁もしっかりしていますし、コンセプトも面白いので、興味のある方は、探してみてください。ちなみに、書店売りより、amazonのほうが安いみたいです。

また、神々の言葉にはさまれ、悟りを促す方法も書かれています。
ためしに、Zen Questionsを訳してみるとこんな感じです。


禅問答とは、己の真の姿を発見する道なり。禅問答は、本質的にディレンマであるため、従来通りのお決まりの考え方では答えられないのである。ゆえに、回答の妥当性というものは、問題と同様に、あなた自身がどう考え抜くかに拠っているのであるが、回答は時に自分が正しい答えを発見したと思った場合に、確信されるものなのである。
 禅問答は、一日に6回自問自答され、それぞれ6分間考え抜き、これを一週間に6日おこなうべし。これを「666の掟」と云う也。
 まず、気持ちの落ち着く、静かな場所で、声を出して、汝のメタル禅問答を繰り返すべし。言葉が汝の口より、雨露のごとく染み出すよう唱え、その後に訪れる静寂を味わうべし。心を使って考えるべし。頭で考えるのではない。直感を信ずるのだ。さすれば「答え」となるべきものが、徐々に現れてくることに気づき始めるだろう。そうしてであったものに、汝は驚き、腰を抜かし、場合によっては、吐き気を催すほどむかつくかもしれん。しかし、心配すること無かれ。それは暗黒より出でし、汝の真の姿なのだ。
 汝の心を混乱させ、汝自身の本質に共鳴する回答に行き当たったとき-そう、ただそのときにのみこそ、汝は新たな自信と悟りの境地を抱きながら、また新たなメタル禅問答に進んでいくがよい。


なかなかいい感じでしょ?こういう本が出てくるところ、アメリカ文化のの懐は深いのですよ。

2009年3月4日水曜日

赤頭巾ちゃんご用心

会社の先輩に同行して、平塚あたりまでプレゼンに行っていたのですが、
その方が、結構な音楽ファンでして。盛り上がっちゃったんですね。

いきなりラウドネスから始まったと思ったら、次はレイジーでした。
10年ぶりぐらいじゃないかなあ、赤頭巾ちゃんを聞くのは。

典型的なアイドルソングですが、今聞いてもやっぱり恥ずかしくなる、そんな名曲です。

その次にはCCBを聴いて、サウンドはいいじゃねえか、と再確認。面白いもんです。
いろいろな発見がありました。

で。ここでは赤頭巾ちゃんを貼るところなのですが、いいのがないのです。
埋め込み禁止だったりしてね。

全曲はこちら。
http://www.youtube.com/watch?v=Jbnwg-CmaXM

発見ついでに、この人もカバーしてるんですね。



でもこれは、前奏が消えていて残念。やっぱり、デデデデッというのが無いと寂しいです。

訂正が入るのか。

日本人は iPhone が嫌い ? - スラッシュドット・ジャパン

日本ではiphoneが売れないという記事が、捏造だとか、そうではないとか。

どちらなんでしょうかね。

2009年3月3日火曜日

音楽の話題を

RushのGeddy leeについて、書こうと思ったら、すごい画像を見つけましたよ。

この曲をやるという発想がすごいと思う。




調べたら、この子日本人だよ!趣味が渋すぎて、メディアではとりあげられないのかしらん。

2009年3月1日日曜日

今日の記事

Why the Japanese Hate the iPhone | Gadget Lab from Wired.com


日本ではiPhoneはなぜ売れないのか、という記事なのですが、
ただ、携帯メールの使い勝手が悪いから、だと思うのですがいかがでしょうか。

確かに携帯のブランドだと、国産が圧倒的なんだけれど、iPod自体はそれなりに売れていると思うのです。

記事にするのであれば、「日本人はなぜ、電話ではなく、メールでのコミュニケーションを選んだのか」にしたほうが妥当だと思うのですが、いかがでしょ。

2009年2月28日土曜日

これでんがな

旧知からの連絡があるとうれしいっす。

俺はいけないけれど、みなさん、楽しんでください。痛飲と通風には気をつけるように。


2009年2月15日日曜日

知識人とは何か

これもいまさらながらですが読みました。
でも私は「オリエンタリズム」すらまだ読んでいないので、サイード初心者なのです。


知識人へ対する辛らつな内容となっていますが、ここまで規範的な定義を読まされると、
そんな人物はこの世に存在しえるのか、という疑問が出てきます。

でも、この定義、
「知識人とは、亡命者にして周辺的存在であり、またアマチュアであり、さらには
権力者として真実を語ろうとする言葉の使い手である」には、パレスチナ出身で、アメリカで修練をした著者であるからこそ語れる、語らねばならない定義なのだと思います。

ここで興味深いのは、知識人は世俗であることと述べていることです。
ハイルブローナーという人は経済学を世俗の哲学と呼んでいますが、ここで言われている世俗という意味と、ほぼ合致するのではないかと思います。

経済学も、政府や議会が考える政策に対し、対立した見解を述べる場合が多いですね。こうした、権力に抗い、言論をもって信実を語るという点では、経済学の世俗性と、サイードの言う、知識人のあるべきすがたの世俗性というのが重なる部分が多い、という風に感じております。

この本の内容を咀嚼するためには、もっと読まねばなりませんね。
現代思想のベースになっているということでは、疑問の余地はないでしょう。

アイデアの作り方

ジェームズ・W・ヤングの著作である、「アイデアの作り方」。
非常に有名な本で、広告等の企画系の方であれば、まず目を通しているでしょう。
いまさらながら再読。

アイデアの作り方の肝は非常に簡単で、要はインプットを醸成させる、ということです。

本自体も非常に薄いものなので、論旨も明快、といったところですが、
個人的にはこの結論以外にも気になるところがありました。

それは、情報のインプットについての記述ですが、本書の最後の方で
「辞書が短編小説集」であると書かれています。

辞書を読む、という表現がありますが、このヤングの記述もそれに似ているでしょうね。
リファレンスのみならず、辞書からその言葉、減少の内奥をつかめ、ということなのでしょうか。非常に含蓄のある言葉だと思います。

確かに、辞書を小説と同様に読みこなすことができれば、アイデアは限りなく出てくるものなのかもしれません。

本書は、他にも広告に携わる者は、社会科学の勉強、
「有閑階級の理論」や「孤独な群衆」を読んだ方がいい、とも言っています。これも社会全体を理解するように努めることへの忠告だと思います。

薄さと結論によって、本書は非常に簡潔な論文と読まれている場合が多いのかもしれませんが、こうした行間に、鋭い含蓄があるのです。この点が読めないと魅力が半減する書物かもしれません。

2009年2月11日水曜日

マクドナルド、1月の既存店売上高は7.1%増

ニュースサイト/ブログの存在って面白いと思う。早速まねする。


マクドナルドの売り上げが伸びたとかで、早速ニュースになっています。
ついこの間も、売り上げが落ちたら落ちたで、話題になるんだから、本当に忙しい会社ですね。

で、今回の売り上げ増のニュースですが、結局は、不景気からなる給与の伸び悩み(またはカイコされてしまった)の影響から、高くつく外食を避けて、手軽な料金で楽しめる、マックに移行した、いわゆる、所得効果(可処分所得が下がったから、消費を抑える)だと思うのです。

ただし、報道をみると、なにやらマック側に経営上の秘策があって、それがために功を奏したものである、という論調になっているような気もしますね。

まあ、ここでいう消費額を抑えたという影響が本当であれば、マックはじめ、他の低価格で勝負している飲食店(吉野家、富士そば、などなど)の決算も待たねばならないでしょう。
こういった結果を見れば、所得効果であったのか、マックの創意工夫がすばらしかったのか、すぐわかるはずです。少なくとも、このタイミングまでは、マックを礼賛するべきではないのかもしれません。


所得というのも、incomeの漢語訳にになるのでしょう。やまとことばだと、実入りとか、もうけとか、そういうことになるのかな。

経済学用語も漢語が多い分、想像しやすいが、説明はしにくい言葉が多いですね。
もっと簡単な言葉で経済、しいては社会のことを説明できるように、日本語の感覚を研ぎ澄まして行きたいと思います。

日本語の21世紀のために

また読んでみましたよ。

気骨あふれる爺、二人による対談集であるが、中身が濃くって面白い。

特に、伝達の手段としての日本語のみを重視したために
標準語を作ったのはよいが、思考の手段としての日本語としての役割をおざなりにした、
という指摘は、示唆に富んでいて面白い。

日本語を思考のツールとして利用していく限り、必ず言語の壁、ここでは標準語の壁にぶつかるんですね。

また、書き言葉が早いうちに日本中に広まっていた、という点は、網野さんの日本史の本でも
指摘されていたことです。

書き言葉が広く普及し、それを理解する人が全国にいたからこそ、中央集権的な国家が日本に成立したという点ですね。

ここで、みんなが理解できる、伝達としての機能は申し分ないものとみることができるでしょう。

日本語を使っている限りは、何度もこの本を読み直して、自分が使っている言語が一体どういうものか、時間はかかろうとも、考えるべきだと思う。自分の使っているものが、実はどういう性質のものか知らないようでは、それを使って書いている、Life Hack、成功本など、いくらあっても意味がなくなってしまうかもしれません。


2009年2月8日日曜日

経済学に感じるもの

経済学部出身ということもあって、今もそういった類の本をよく読むんだけれども、
閉塞感というか、視野が広がらない、という感覚を覚える時がある。

経済のことを考えるに、経済学のみを手段として臨んでいるところに問題があるように感じるのです。

ハイルブローナー氏の著作によれば、経済学は、「世俗の哲学」ということになります。
経済、または経済の見地から社会を捉えるということに対して、経済学ばかりでなく、他の分野の考え、思想も含めて考えるというのは、非常に有効なのではないかと、思うのです。

行動経済学など、心理学など人間の行動を視野に入れた研究がなされていますが、経済活動や運営、政策は、もっと、その時代の考え方の趨勢に影響を受けている場合があると思うのです。思想といってもいいのかな、なんかその時代を彩る考え方とかそういうものなんですが、うまく言えない。

田中角栄氏の経済政策についての是非について、「あれは趣味が悪い」という丸谷才一さんの意見を読むと、経済学者には到底思いつかないような発想だなあ、と感じ入るのですね。これは経済学者からは絶対に出ない意見だと思うんです。でも、的を射た意見ですよね。

こうした思想的、文学的な発想がやはり足り無し気がします。世俗の哲学というからには、ユーモアを含んだ批評が実は、大切なのかもしれないですよ。

2009年2月4日水曜日

怠惰な自分

何かになりたいと思っていても、怠惰な自分がいるわけでして、
ずいぶん損ばかりしているような気がしますね。まあ、自業自得です。

新聞に載っている本の広告で、「著者はリーマン危機を予想的中!」なる宣伝文句を
目にする機会がありました。それも3人はいたと思います。

いくら予想していたとはいえ、回避することもできず、世の中不況の真っ只中ですよ。

こういう場合、宣伝文句ではなく、回避できなかったという自分の無力を嘆くのが普通だと思うのですが、そうではないのでしょうか。まあ、相手が大きすぎますけれどね。

せっかくの予想を、自身の著作の売り上げを伸ばすことぐらいしか役立てられない、というのも、なんだかなあ、と思うのですよ。

2009年1月25日日曜日

扇動者たち

暗い雰囲気が世の中を覆うと、経済や政治、風俗、文化に対して持論を発表するものが多く出てきます。経済は復活する、よりいっそう落ち込む。日本は世界のリーダーたる存在になる、崩壊する。日本の文化はマンガだけだ、日本には古来より賞賛すべき文化が育まれている。

いったい彼らは何を根拠にこうした発言を行うのだろうか。

彼らの目的は何か。いったい何をしようとしているのか。

数々の知者を名乗るものが、事あるごとに予測をしているが、それが一体何の意味を持つのか。

ある事柄に対する予言が的中したからといって、それがなんの役に立つのか。
ある事柄に対して詳しいからといって、これからも彼、彼女の言うことが今後も当たると言えるのか。

回答なんて簡単に手に入るものではないのに、いともたやすく回答を口にする奴らは何を考えているのか。

彼らの発言に接するに当たり、より根本的な問いが重要になるのかもしれない。

2009年1月21日水曜日

昨日に引き続き

英語辞書をただ読んでいるだけでも、いろんな語義に出会えます。

http://www.alc.co.jp/
こちらをたまたま開いていたときに、"Beer goggle"という表現がありました。

直訳すれば「ビールめがね」ですが、これは、ビール飲んで、酔っ払って、
それほどでもない女性が美しく見える状態、というぐらいの意味だそうで。

わかるんですけれど、すごい表現。

2009年1月20日火曜日

表現いろいろ

英語の俗語表現、いわゆるスラングいうのは、単語の組み合わせから、意味が連想しやすいところが面白い。ちょっとした頭の体操という趣があるのです。

依然、某ページを拝見していたところ、学校では教えてくれない、11のルールというのを紹介しているところがありました。
http://bitsandpieces.us/2008/06/04/for-our-children/

紹介はこちら。
http://labaq.com/archives/51032297.html

ここの5番目、Flipping Burgersという表現ができます。
これ、訳だけ見ると、買ったハンバーガーをトレイごとひっくり返すような内容になっていますが、そうではないようです。
調べてみると、Flipping Burgerで、「それほど重要ではない仕事」というような意味になるようです。
ということで、ここの訳は、「そんなに重要そうな仕事に就いていないからといって、悔やむじゃないよ、それはチャンスと思うべきなんだよ」ということになるようですね。

直訳しそうになる表現ですが、こういった意味があるのですね。

2009年1月19日月曜日

seven ages of rock

邦題を書けば、NHKBS「みんなロックで大人になった」ですが、このタイトルの良さにも現れているように、楽しめた番組でした。
ロックの歴史というと、バンドやアーティスト名の羅列になってしまう場合が多いのですが、
この番組はそのときの社会、経済情勢をバックに、ロックがどう変貌してきたか、その変貌時のキーとなるアーティストは誰か、を中心に構成しているのです。
そのため、ビートルズとか、キンクリとか、大御所でも出ていないバンドは多いのですね。
でも、非常に丁寧に作られた、番組だと思いました。

こういう見方があるという事が非常に刺激になりますね。。
まあ、メタルか、パンクか、コアか、なんて争いがあったりするものですが、こういうロックの捉え方の前には、こうしたジャンルごとの言い合いは全く無意味に思えます。
そういうことで、ぜひ見るべき番組だと思いますよ。

2009年1月18日日曜日

今年初の書き込み

ここまで何も書かずに来ましたが、まあ、別に問題ないし。


このところの不況ですが、経済の落ち込みどころか、もっと大きな影響があるような気がする。
それは、今までの成功本、自己鍛錬本の内容が、実はあまり効果が無いのではないのか、ということです。
金融の世界であるとか経済の世界のトップが、挙って躓いている状況をみると、エリートで、かつ合理的な行動を行っていた人々(少なくともそう思われている)も、たいしたこと無いのではないか、という疑問が出てくるのも当然かもしれません。

成功本をいろいろと読んでみた経験はありますが、その多くの論点は、ポジティブシンキングと目標を掲げること、の二点にあると思います。ただ単純に目標を持てば良いのか、それで世の中が開けるのか、こういう単純明快さが、これらの書籍の売りであると思いますが、その反面、単純であるからこその疑念もより現出しやすいと思うのです。

本の世界では、これからもこうしたジャンルはたくさん出版されるでしょう。でも単純なものよりかは、より奥深い、即効よりも、熟読が必要なものが出てくるかもしれません。
単純な内容の成功本の罪は、その単純な内容ゆえ、読者が考えなくなる、という点にあると思っています。われわれは成功者から学び取る必要はありますが、常に疑うという姿勢も必要だと思います。今回の経験は、即効を信じた故の失敗といえるかもしれません。かなり面倒くさい話ですが、われわれは常に迷い、常に疑うという姿勢が必要なのかもしれません。このとき、成功本は万人に共通する内容ではなくなります。だからこそ、成功者といわれる人の推薦を帯にして、買い手にその効果を信じ込ませる必要が出てくるのです。

2008年12月18日木曜日

経団連の意見

大量の移民受け入れを促す、経団連の発言は、
まさに、ティム・ハーフォード氏の著作の通りなのかもしれない。

興味津々。

自由化。

変化が激しいね。


この不景気は金融の自由化が招いたのだろうか。

規制撤廃といいながら、実はまだ規制が残っていたり、本当は撤廃してはいけなかった規制が

あったのかもしれない。

細かい点を見ていないから、推測でしかないけれども、規制を行う、規制を撤廃する、という動きが、どこまで影響を与えるものなのか、じっくり検討してみる必要があったのかもしれない。

もう手遅れなのかもしれないけれど。

2008年12月6日土曜日

規制緩和

テレビがつまらないと感じるようになって、おやじになったとつくづく思います。
でもこういう人は多いのだろうね。特にニュース番組がつまらないと思うんです。
ああ、こう書くとなんだか愚痴っぽい。

麻生さんの飲む店の事なんか、どうでもいいのですよ。政治問題じゃないじゃない。


今回書きたいことは、働くということについて。
派遣切りとか、全くいやなニュースが多いです。
もともと派遣は、景気が悪くなれば、首を切られる立場である、といってしまえばそれで終わりであって、結局会社で働くにも、それしか選択肢が無かったというのが、ほとんどの人の立場だと思うのです。

派遣業が導入され始めたときには、新しい働き方などと、いかにももっともらしい宣伝がなされていましたが、結局は企業に都合のよい制度ということなのでしょう。

正社員、派遣になるなど、選択できればまだいいものの、採用方法として、派遣や、一時採用のような形でしか雇われなかった場合、今回の首切りは絶対に許せないでしょう。そんなこと望んでいない。

私にできる事はありません。でもこうした境遇の人たちには徹底的に戦ってほしいと思います。人事ではありません。雇用者の立場を軽く考えている経営者がいるのであれば、彼らにわれわれの立場を知らせないでいるわけにはいかないでしょう。

こんな派遣業務制度が成り立っていくわけないです。
マスコミは本当にこうしたことを報道しているのでしょうか。彼らはどちらの味方なのでしょうか。そんなことを期待するのは無意味なのでしょうか。